8月13日(土)

数日前、83歳になる札幌の兄からLINE(ライン)が入ったDSC_0144
「今自宅? 北海道に来ているなら連絡がほしい」

私が夏のこの時期、毎年車中泊で北海道を周遊しているものだから、もし来ているならばと 聞いてきたものだ

実はひと月前にも同じ内容の連絡があって、今年は管理組合の役員を引き受けているから行けないと伝えていた

ここのところ、義姉のことで相当参っているらしく、同じことを聞いてくるあたり018170急に年老いてきた印象がある

折り返し電話をした
先ずは家にいる
今年は役員をしていて北海道には行けないと...

用件は想像通り認知症で施設に入れた義姉に関すること1158076

80歳になる義姉は5年ほど前から認知症の症状が出て、
その後みるみるうちに悪化し、2年ほど前からはデイサービスに通い出したがここ1年位前からは自分のことも何一つと言っていいほどできない状態だ

兄はその間に胃がんや時をおいて肺がん、脳梗塞などもやってその度に「俺は死ねないよ」1448176と言ってビックリするくらいに生還してきていた

義姉を一人残して逝かれないという意識が病気克服の原動力になった感だ

もともと夫婦仲が良くて、周りが施設に入れることを勧めても「可哀そうだから」と言って家で介護することを譲らなかった

それがどうしようもなくなって、先月ようやく施設に入れた884245

最近では食べられなくなって体も衰弱してきているようで、兄が1日おきくらいに見舞っているようだが、義姉は兄のことも分からないらしい


兄が連絡してきたのは、義姉が「とにかく可愛そうなので家に連れ帰りたい」が自分一人では無理なので、私が北海道に来ているなら連れ帰るのを手伝ってほしいというものだ

「気持ちはわからんでもないけど、姉さんが辛くて帰りたいと言ってるなら別だが、割り切らなくちゃならないことも必要だ」とは言ってはみたものの・・・
もしかして  ”最期は家で”  という気持ちなのかも知れない

兄からは「認知症という病はとにかく酷い病気だ」、「俺の後半生は最悪だ、俺も一緒に死にたいよ」とまでいう始末

身近な人の病気というものがここまで人を気弱にさせ、萎えさせるものかとあらためて感じさせる思いだ

我々夫婦はこういう風にはならないだろうし、お互い割り切っていこうと話している


ここは札幌近郊の江別市にいる長男と、月に一度のペースで東京から帰郷している三男の両甥っ子に頼るしかないか・・・

実はこの家で一番期待1441192されていただろう二男が、5年前に40代の若さでがんで亡くなっている
そのことが、義姉の認知症に少なからず影響を与えた気がしないでもないし、兄の後半生の大きな悔いの一つでもあると思うが...




健康なことの有難みをつくづく感じる

それと、残されるもののことを考えたら  ”ピンピンコロリん”  がいいと思うが、こればっかりは・・・




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